文化祭や仕事のプロジェクト、あるいはSNSでの報告。 誰かが汗をかいて頑張っている姿を見た時、心から「すごいね!」と言えず、心の中でこんな黒い感情が渦巻くことはありませんか?
「なに熱くなってんの?」 「そんなに頑張って、痛々しいな」
そして、そんな冷ややかな目を向けている自分自身に気づき、「自分はなんて性格が悪いんだろう」「人間の欠陥品だ」と自己嫌悪に陥る。
もし、あなたが今そんな苦しみの中にいるなら、どうか自分を責めないでください。 実はその「冷笑」は、あなたの性格が悪いから起きるものではありません。 心理学的に見れば、それはあなたが「自分もそうなりたいのに、なれない」という強烈な憧れを、必死に守ろうとしている「防衛反応」なのです。
1. 鏡に映る「シャドウ(影)」
心理学者のユングは、自分の中で抑圧している認めがたい性質を「シャドウ(影)」と呼びました。 人間は、「自分には全く関係のないもの」に対しては、何の感情も抱きません。冷笑も、嫉妬も、怒りも起きず、ただの「無関心」になります。
あなたが友人の演奏を見て「心がざわついた(冷笑してしまった)」のは、その友人が「あなたが本当はやりたかったこと」を体現していたからに他なりません。
- 人前で自分を表現すること。
- 何かに夢中になって汗をかくこと。
- 他人の目を気にせず、スポットライトを浴びること。
あなたの心の奥底にいる「もう一人のあなた」が、「いいな、私もあっち側に立ちたいな」と叫んだのです。 でも、今のあなたはそれができていない。だから脳は、その惨めさを感じないように、とっさに「あんなのカッコ悪い」と見下すことで、心の均衡を保とうとしたのです。
つまり、その冷笑は「悪意」ではなく、「憧れすぎて直視できない自分を守るためのサングラス」なのです。
2. 「イソップ童話」のキツネになっていないか
イソップ童話の「すっぱいブドウ」をご存知でしょうか。 高いところにある美味しそうなブドウ(=友人の輝き)が取れなかったキツネは、去り際にこう吐き捨てます。 「ふん、どうせあのブドウは酸っぱくて美味しくないに決まってる」
これが、今のあなたの心理状態です。 「頑張ることは素晴らしい」と認めてしまうと、「頑張っていない自分」が惨めになる。 だから、「頑張るなんてダサいことだ(あのブドウは酸っぱい)」と価値を下げることで、自分を正当化しているのです。
これは、あなたが「プライドが高い」からではありません。 むしろ逆で、「傷つくのが怖くてたまらない」という繊細さの裏返しです。 一生懸命やって失敗するのが怖いから、最初から「やらない(斜に構える)」という安全地帯に逃げ込んでいるだけなのです。
3. 「欠陥」を「才能」に変える魔法の言葉
では、どうすればこの「冷笑グセ」を治せるのでしょうか。 無理やり「友達を応援しよう」なんて思わなくていいです。心にもない応援は、余計に自己嫌悪を深めます。
代わりに、誰もいない部屋で、この言葉を口に出してみてください。
「あーあ、羨ましいなあ!!」 「私もあんなふうに、輝きたかったなあ!」
自分の弱さを認めて、「敗北宣言」をすること。 それが、冷笑という呪いを解く唯一の方法です。
「バカにしている」のではなく、「嫉妬している」と認めること。 これは非常に勇気がいりますが、認めてしまった瞬間、不思議とあの黒い感情は消え去ります。 そして、「じゃあ、私には何ができるだろう?」と、エネルギーの矛先が「他人への攻撃」から「自分の行動」へと変わります。
あなたはまだ、舞台に立っていないだけ
あなたが冷笑的な目で見てしまうのは、あなたが観客席に座っているからです。 観客席から見れば、舞台上の役者は滑稽に見えることもあるでしょう。
でも、あなたの魂は知っているはずです。 本当は、安全な客席で腕を組んで見下ろすよりも、泥臭くてもいいから、舞台の上でスポットライトを浴びたいのだと。
その「嫌な気持ち」は、欠陥ではありません。 「そろそろお前も、自分の人生の舞台に立てよ」という、魂からの強烈なノックです。
今日から、冷笑しそうになったら心の中でつぶやいてください。 「おっと、今の私は『すっぱいブドウ』をしてるぞ。本当はあのブドウが食べたいんだな」と。 その正直さが、あなたを変える第一歩になります。


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